日本文化の長い歳月のなかでも特別な意味をもち続けてきた小豆は、マメ科ササゲ科の莢実であり、原産地を中国雲南省から四川省にかけての地域と推定されるもの。日本に伝来したのは縄文時代中期頃とされ、富山県の桜町遺跡(縄文期)や、静岡県の登呂遺跡(弥生期)、山口県の天王遺跡(弥生期)などからも炭化した小豆が出土しているほどで、弥生時代には日本各地で小豆が栽培されていたことが伺えます。奈良時代の平城宮大膳職地区から出土した『木簡』には、「寺請、小豆一斗、醤一□〔斗ヵ〕五升、大床所、酢、末醤等、右四種物竹波命婦(みょうぶ)御所、三月六日」とあり、寺の請負にて竹波命婦(命婦=五位以上の上級女官)のところへ小豆一斗他を届けたと記されております。

平安時代の『延喜式』元日節料の条では、「白米廿斛、糯米四斛、大豆、小豆各二斛。胡麻、粟各一斛。〈並請大炊寮〉油六斗。〈請主殿寮〉鹽二斛。〈請大膳職〉右預前申官請受」とあり、元旦の供御に何らかの形で小豆が用いられていたことが伺えます。宮中と小豆の関係は『古事記』の日本神話にも記されているほどですから、日本の食文化を語る上では外すことの出来ない食材でもあるのでございます。そして、小豆と申しますと、吉事に欠かすことのできない「赤飯」が付きものでございまして、小豆の煮汁で餅米も染め、強い蒸気でいっきに蒸かした強(こわ)飯(めし)(おこわ)のことで、江戸時代に書かれた『荻原随筆』(喜多村信節)には「京都にては吉事に白強飯を用ひ、凶事に赤飯を用ふることは民間の習慣なり」と記されており、『春日権現験記』(1309)の絵巻には、庶民に天然痘が流行り、疱瘡(ほうそうの)神(かみ)の災いによるものだと考えられ、小豆を食べ、疱瘡神を退散してもらおうと考える庶民の姿が描かれておりました。古代中国では、小豆の赤色を「太陽」や「火」に例えられ、魔除けや悪霊退散に大きな力があると考えられたため、日本でも同様に魔除けや邪気を祓うものとされてきました。そもそも赤飯は凶事に限る強飯でありましたが、大きな病が治ったおりには皆で赤飯を食べることで、「難が転ずる」喜びを分かち合ってきたのであり、今や転じて吉事の祝飯となったのであります。その他にも、生後三ヵ月までの赤ちゃんには「小豆枕」をし、丈夫な子に育つようにと願う親心や、乾燥した小豆の音を活用した「お手玉」は、子供から邪気を払う意味が込められており多く用いられて来ました。

また、小豆は日本独自の工夫から「小豆(あずき)餡(あん)」が考案されました。歴史上で餡が登場致しましたのは大和朝廷(飛鳥時代607年)が遣隋使を派遣し、隋(ずい)と交流深める第三十三代推古天皇と摂取聖徳太子の頃とされ、隋からの献上品の「唐菓子」に餡が用いられていたところから始まるものです。もとより餡は獣肉などを用いていたため、殺生禁断の日本の僧侶たちが、独自に小豆を獣肉の代用としたことから小豆餡が考案されたのであります。当時の小豆餡と申しますものは塩で味付けた「塩餡」が主流でありまして、小豆餡が甘くなりだしたのは室町時代の勘合貿易による砂糖輸入からでございます。小豆餡といえば「粒(つぶ)餡(あん)」を示しておりますが、鎌倉時代に宋(そう)から来ました禅僧が「点心(羊羹(ようかん)=羊肝などを用いた蒸餅)」を伝えますと、殺生禁断を堅く守る日本の僧侶たちは羊羹に似せて煮小豆を漉し、日本独自の羊羹を作り出したのであります。この漉した小豆餡こそが「漉(こし)餡(あん)」の誕生でして、口滑らかな味わいから公家文化に広く親しまれた餡でございます。

小豆と云いますと、大粒品種の「大納言」と、一般品種の「中納言」、「少納言(小豆(しょうず))」とに区別しております。なぜ大粒小豆に朝廷官位の大納言(正三位)の名が付けられたかと申しますと、大粒で見事な品格をもち、種皮が厚く、煮豆にしても皮が破けず、切腹習慣のない公卿(大納言)に例えられのが由来でございます。各地には数多くの固有品種が存在しておりまして、そのなかでも著名で知られますのが「丹波大納言」であり、他に兵庫県春日産の「丹波春日大納言」は黒莢(くろさや)の濃紅粒。京都府馬路産「丹波馬路大納言」は赤(あか)莢(さや)の鮮紅粒。京都府亀岡産「京都大納言」は白(しろ)莢(さや)の淡紅粒という各種異なる個性があるものでございます。そのなかでも、大納言の最高峰に君臨致しますのが「馬路大納言」でございまして、その歴史が古く、第五十代桓武天皇が平城京から平安京へ遷都(795)する頃には、既に馬路の豪族らによって朝廷へ献上されていたほどでございます。その後、1200年以上にもわたる長い歳月のなかで、馬路大納言の赤莢は単一系統の閉鎖的育種と選抜によって今も尚、馬路に受継がれているのであります。

茶屋花冠の宇治金時に使います小豆の漉し餡は、北海道産小豆をふんだんに使い、贅沢にも晒餡にした後、別の小豆煮汁にて三度炊きしたものでございます。(出所:著書『日本料理と天皇』より一部抜粋)

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